飛び道具は持たない。
いつも真っ正面からぶつかってきた
本間 肇さん
(株式会社ヒカルランド 出版局
超★はらはらシリーズ編集長)
Hajime
Honma
今回の『私が手がけた本』はヒカルランドの本間肇さんです。編集者として作家を発掘したり、新しいジャンルに挑戦したりすることで数々の本を世に送り出してきました。ヒカルランドを立ち上げるまでの経緯と今後の抱負についてお話をうかがいました。


人との付き合いやご縁を大切にして
きたからこそ、やってこれた
文芸編集者は、ふたつのタイプがいると思います。
売れっ子作家の大先生にしっかり食い込んで原稿をもらうタイプと、まだ手垢のついていない新人を発掘して世に出すタイプです。
たとえば大御所の先生から原稿をいただく場合、担当編集者にはその原稿に関与する余地があまりないわけですよ。だから、自分が中心になってクリエイティブな仕事をしたかったり、自ら原稿に手を入れて作品に関わっていきたい場合は、関与できる範囲が限られてくるわけですね。
ぼくはどちらかといえば、作家の書いた文章を積極的に直すタイプではありません。新しい作家を発掘したり、新しいジャンルに挑戦したりすることに、よりクリエイティビティを感じる編集者です。だから、人がやることを追いかけるのではなく、自分の力(感性)でオリジナルな作家を手がけたいという意気込みで取り組んできました。
編集者の役割とは、
読者のニーズを書き手に伝えること
徳間書店時代にデビュー作を担当した作家には、ミステリー作家の藤木稟さんや、『神の系譜』シリーズで知られる西風隆介さんがいます。
当時の藤木稟さんは、ノンフィクションライターとして活躍する一方、手探りで小説を書き始めている頃でした。ぼくの編集者としての役割は、簡単にいうと作風ラインのサジェスチョンです。そこで、京極夏彦風のミステリーを目指すことを伝えたんです。
一方、西風隆介さんは独自の「超能力理論」を持っていて、手堅い筆致で書く独特なノンフィクションの世界を描ける方です。原稿内容はしっかりしているので、ぼくは読者により親しみやすさをもってもらうため、「高校の歴史部」という舞台設定やそこに登場するキャラクターを新たにお願いしました。
その頃のお二人はともに新人でしたが、すでにもの書きとしての資質はもっていましたね。新人時代からできあがっている作家は、そうそういないのですが彼らは例外でした。
編集者の役割とは、読者のニーズを書き手に伝えることだと思っています。どうしても書き手は、自分の興味の対象にのみ嵌り込んでいきます。でも、ぼくはそれでいいと思っています。なぜなら、その世界にどっぷり浸かっている書き手の代わりに、担当編集者が読者へ向けて方向性を示してあげればいいからです。その方向性さえ間違わなければ、その作家は芽が出ると信じて、これまでやってきました。
狙った作家さんには、
とにかく会い続けます
ぼくは徳間書店の社員編集者でしたから、当然新人作家だけではなく、著名な作家も担当しています。たとえば新堂冬樹さん。当時から多くのヒット作を持つ売れっ子作家さんでした。ぼくが担当した『カリスマ』(トクマ・ノベルズ)も上下巻それぞれ8万部くらい売れたヒット作になりました。新堂さんは当時、他の版元からヒット作を出していましたから、当然その版元は次の作品も狙っていた。当たり前ですけどね。そんななかにあって、結果的にぼくの担当で徳間書店から出すことができて、くだんのヒットにつながったんです。
こういうと、さぞや熾烈な争奪合戦があったと思われるかもしれませんね。残念ながら、そんなことはありませんでした。編集者というと、夜討ち朝駆けのような原稿取りや、他社を出し抜く大胆なエピソードを持つ方もいるようですが、ぼくはそういった「飛び道具」的な手は使いませんよ(笑)。
シンプルですが、真っ正面から作家さんに直接連絡を取り、こちらの誠意を尽くして編集者としての熱意を伝えます。とにかく書いてもらいたい作家さんに会い続けて人間関係を築くのです。それってまったく基本的なことですよね。
前述の藤木稟さんや西風隆介さんにしても、知人から紹介されてお会いして、仕事をすることになりました。ぼくがやっている仕事術は、ごく基本的な正攻法なんですが、ここで大事なのは受け取った原稿は、きちんと誠意を尽くして読むこと。だって、書き手がそれこそ心血を注いで編み出した作品なんですからね。
こうして編集者として人のつながりやご縁、運のようなものをぼくは大切にしてきました。